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こたろう博物学研究所
探訪記録:20001119 |
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陣ヶ森〜皿ヶ嶺縦走(重信町/久万町)【平成12年(2000)11月19日】県道23号線(伊予川内線)で重信町下林に至り、右折して県道209号線(美川松山線)を走り、皿ヶ嶺方面を目指す。水の元の素麺流しのところで水を確保して、再び車で上方を目指す。そして風穴下部より、今年の8月22日に開通した林道・上林−河之内線へと入る。 この林道はすこぶる景観が良い。松山平野が眼下に開け、その向こうに青々とした伊予灘が広がる。後方には引地山東斜面が紅葉・黄葉に包まれ鮮やかな色合いを示している。 ※林道・上林−河之内線は総延長8.466km。12/1〜3/31の間は通行止め。9:30少し前に総長859.7mの上林トンネルに到着。車をここでUターンし、やや引き返したところの広々とした路側に駐車する。 ※トンネル入口には「上林トンネル 1999年10月 愛媛県 延長860m 幅6.0m 高4.5m 施工 株式会社二神組」のプレートが埋め込まれている。トンネル内はナトリウム灯がオレンジ色の光を放ち、とても明るい。林道に設けられたトンネルながら非常電話も設けられており、一般国道さながらである。 トンネルを抜けると、広々とした道路の脇に「林道開通記念」の木製のモニュメントが建てられている。 皿ヶ嶺への登山口はどこなのだろうかと考えながらも、まずは林道経由で陣ヶ森を目指す。 右手には大川嶺・中津明神山などが見通せる。太陽の光の下、穏やかな山容を見せている。 10:15、NTTコミュニケーションズの管理する陣ヶ森無線中継所に到着。中継所の周りを時計周りに進み、尾根筋へと出る。この尾根筋は笹が深く、非常に歩きづらい。山頂はどこかと探したら、丁度中継所の東側の小高いピークであった。何も苦労して笹をかきわけなくとも、無線中継所の入口から素直に右手に上がれば良かったのである。
ここから東に聳える善神山への縦走を試みる予定であったが、これほどまでに笹が深いと思わず、意志薄弱な僕は忽ち挫折し、急遽予定を変更して尾根縦走で皿ヶ嶺を目指すこととした。 しかし、ここから上林峠までの縦走路は半端ではなかった。2m以上の笹が生い茂っていて、道を探すのも一苦労の状態。それでも笹を一生懸命両手で掻き分けながら尾根を外れないようにと前へ前へと進んでいく。 所々倒木があり足元を掬われる。ちょっと注意を怠ると、途端に向こう脛に倒木がぶち当たってくる。ここ最近歩いた人は全く居ないとも思えるほど荒れ果てている。人気など全く感じられない寂しい山歩きである。 陣ヶ森から歩くこと30分強。10:50、上林峠に到着。煙草を取り出し一息ついていると、下方より人の声が近付いてくる。女性二人のパーティである。話を聞けば、水の元に駐車してから登ってきたという。
美しい林の中に歩きやすい登山道が続く。起伏もなくなだらかな道なので、疲れを感じることもなくスムースに足が運ぶ。 11:25、涼し気な芒の穂が揺れる竜神平を通り抜け、愛大小屋の東側より山頂へ向かう道へと入る。 11:45、皿ヶ嶺山頂。すでに山頂には10数人の登山者が訪れ、昼食にかかっている。
12:30、下山開始。十字峠経由の道を通って降りることにする。今まで気付かなかったが、北にやや下ったところには幾つかの山男達の墓碑が佇んでいる。「山を愛した男 巻田進 昭和60年8月12日」「故山本卓君追悼碑 昭和32年10月」「山男 松平鶏助君 ここに仆る 1979.2.9 松中OB山の会/愛媛県庁山の会」など。これらの墓碑へと続く道はしっかりと笹が刈り込まれている。山を愛した男達に合掌し、帰路に就く。 竜神平からは元来た道を引き返し、上林峠より久万林道側へ下りて13:25に上林トンネルに到着。 ※来る時には気付かなかったが、トンネル中央部に重信町と久万町の境界表示があった。 【同行者】なし 【コースタイム】 [往路]上林トンネル北口−(45分)−陣ヶ森−(30分)−上林峠−(30分)−竜神平−(20分)−皿ヶ嶺 [復路]皿ヶ嶺−(10分)−十字峠−(10分)−竜神平−(35分)−上林トンネル北口 |
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