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こたろう博物学研究所
探訪記録:20030118

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松山市伊台/潮見地区探訪【平成15年(2003)1月18日】


たごり大明神(松山市高砂3丁目)

  • 目的地へ向かう途中で目に留まり寄り道。
伊台松組分館(松山市下伊台町)
  • 伊台小学校裏。石碑が並んでいるので、またもや寄り道してしまう。
天神社(松山市上伊台町)
  • 国見山登山の前にまずチェック。
国見山(松山市上伊台町/東大栗町)
  • 国見山という名前は地図には載っていないのだが、標高379.6mの三角点があり、伊台地区では第4番目の高峰である。頂上からの展望が良く、辺りが見渡せるので「国見」の名前を持つとのことであり、以前より登りたいと考えていた山だ。本日の主目的地はここである。
  • 13:45 天神社のやや上手の路肩に車を停めて登山開始。
  • 国土地理院の地形図を眺めながら、地図に破線で記載された道をトレースする。軽四1台がやっとの幅員だが、歩くには快適だ。コンクリート舗装はしているものの、落ち葉がクッションになっていて非常に歩きやすい。
  • 長谷と呼ばれる谷の左岸を進んでいくと、三叉路に行き着く。右に折れると蜜柑畑。左側の道を進めばやがて砂防ダムが見えてくる。これから続く道は落葉樹に包まれており、奥深い山にでもやって来た感じがしてくる。左手に急峻に聳えているのが、目的地である国見山だ。
  • 竹林を過ぎるとススキかカヤか分からないが、とにかく枯れ草が生い茂り、少々道が悪くなる。しかし、ルートは明瞭だ。水の干上がった沢を渡り、右岸沿いに登っていくとすぐに尾根が見えてくる。尾根には東大栗方面・上伊台方面からの農道が続いており、登山というよりはハイキングの気分になる。
  • 尾根道を南に向いて進んでいくと、3台ほどの廃車が無造作に棄てられており、その向こうに貯水槽らしきコンクリートの塊が見えてくる。
  • 14:15 調整水槽に到着。「県営かんがい排水事業石手川北部地区 第13工区 調整水槽 有効貯水量507m3 昭和59年8月完成 施工者 松山北興建設株式会社」と記している。どこから水を汲み上げて来ているのだろうか?送水管も排水管も一切見えない。
  • 貯水槽とは言え、なかなか広く、テニスコート1面ぐらいはある。貯水槽の上に立てば、北方に高縄山の風景が開けている。左手に視線を移せば、松の木々の間より、特徴ある山容の腰折山恵良山の姿が見える。北条市街地も勿論望める。
  • 廃車の脇を進んでいくと、すぐに三角点に辿り着く。14:16 三角点到着。三角点は松を主体とした混成林に包まれていて、眺望はない。瓦製の祠と三等三角点の標石が落ち葉に埋もれるように、ぽつんと佇んでいるだけである。
  • なんとか、「眼下に広がる伊予灘」を眺めてみたい。その思いで、三角点から西へと続く踏み跡を追ってみるのだが、行けども行けども雑木が邪魔して全く景色が望めない。おまけに人が余り歩かないせいもあって、小枝が行く手を阻む。
  • 200mほど歩いて、結局諦めて引き返す。そして、貯水槽の上で、遅まきながらの昼食をとる。
  • 14:47 下山開始。せっかくだから、東尾根を歩いてみることにする。多少薮っぽいが、こちらのほうが景観が良い。道後ゴルフクラブのグリーン越しに、三津を含め松山市街が一望できる。
  • 14:59 東尾根肩部に着く。ここにも社の残骸らしきものがある。トタンと木材と台座の石の組み合わせ。ひょっとしたらミツバチの巣箱が置かれていただけかもしれない。
  • 来た道を折り返すのも何なので、ここから東に向いて直下することにする。踏み跡らしきものはある。しばらくすると完全な形のミツバチの巣箱を1ケ発見。ここから先も道は続いているものと確信する。
  • しかし、この見込みは甘かった。やがて羊歯が生い茂り、道は完全に途絶えてしまう。それでも何とか踏み分けて行こうと思ったのだが、急な斜面であり、不用意に足を前に出すと、2mほどの背丈の羊歯に飲み込まれてしまう。これでは危なすぎる。
  • こんなところで遭難してはシャレにならない。多少薮でも小枝を掻き分ける方が無難だ。少し引き返し、雑木帯を選びながら竹林を目指して下りていくことにする。
  • 顔面や身体に枯れた小枝を何度も突き刺しながら、やっとの思いで登山道に辿りつく。「急がば回れ」。低い山だからと言って、甘く考えてはならないとしみじみ思った。
  • 15:15 下山
客王神社(松山市下伊台町)
  • 勝岡山を望む。写真を撮っていたら雨が落ちてきた。境内散策を手短に済ませ、そそくさと車に戻ろうとしていたら、畑仕事をしているオジサンの姿が目に留まったので、ごかんじょ山への道を尋ねることにする。
  • 「この辺からごかんじょ山へ登るルートはないんですかね?」「いやぁ、ここからは登れんよ。松組バス停のところから左折して、しばらく行ったところから更に左に入って青葉台いう10軒ほどの団地を過ぎたところから行ったらええわい」「車で行けるんですかね?」「ああ、...しかしアンタの車じゃちょっとしんどいんじゃなかろうか」
ごかんじょ山(松山市下伊台町)
  • オジサンの言った通りだった。狭い。とにかく狭い。これならば歩いて登ったほうが良かったと後悔しても引き返すことさえできない。
  • 何度かカーブでハンドルを切り戻すことを余儀なくされる。それでも雨が降っていることを考えれば、やはり車で行くしかない。
  • 登りきったところには、無線中継所のアンテナが天を突くように数基聳え立っている。「四国セルラー電話株式会社 奥道後無線局」、「NTTドコモ四国 道後無線中継所」などの名前が確認できる。
  • アンテナの横の茂みの中に、ごかんじょ山の名の由来となった石鎚大権現を祀る石室がひっそりと佇んでいる。この山、正式名称は高塔山であるが、石鎚神社より神霊を勧請したので御勧請山と呼ばれるようになったようだ。西法寺山門前の伊台ふるさと案内板にもごかんじょ山と記されていて、高塔という名前は最早消えつつあるにも見える。
  • 標高327mの山頂からの風景はなかなか素晴らしい。眼下には、松山サーキット(モトクロス練習場?)や伊台城(正式な城ではない!)、瀬戸風峠などが見える。堀江から松山市街まで遮るものもなく見渡せる。しかし、今日は生憎の雨模様。折角の眺望が台無しである。
潮見山(松山市吉藤5丁目)
  • 16:28、潮見温泉「ラドン温泉」上り口の路側に車を停める。ここには酒井黙禅の詠んだ「古墳見え城山見えて長閑哉」の句碑が建っている。碑の背面に「ラドン温泉」という言葉が刻まれているので興味をそそられるのだが、潮見温泉は今は営業していない過去の温泉である。ここから沢沿いに少し歩いたところに廃屋が残るというが、今日の目的は潮見山。もう夕暮れは近いので、浮気はしないようにしよう。
  • 潮見山へ向かおうと歩きはじめるとすぐに、右手に「勲四等 門屋知照翁頌徳碑 国務大臣塩崎潤書」という大きな碑が建っているのが目に留まる。そういや、さきほどの酒井黙禅句碑の裏側にも「門屋知照」という名前が刻まれていたなぁ。どんな事蹟を持つ人なのか、今度調べなくては。
  • 蜜柑畑の中に続く尾根道。右側(北)に大谷池、左側(南)に吉藤池が見える。遥か向こうには勝山頂上に聳え立つ松山城天守閣の姿も確認できる。
  • 16:40、潮見山山頂到着。周りは木々に取り囲まれているが、すっかり葉っぱが落ちてしまっているので、木の間より志津川・安城寺・和気方面が見渡せる。
  • 山頂には三角点は見つからない。ここにも祠が一基。祠の台座には「平成八年九月吉日石垣修理」と刻まれている。
  • 16:43までの三分間のショートステイの後、急ぎ早に下山へと移る。
  • 途中で三神大権現に立ち寄り、16:52に下山。

延命地蔵尊(松山市吉藤1丁目)

殿蔵跡(松山市吉藤1丁目)

三嶋神社・吉原熊野神社(松山市吉藤1丁目)

  • 門屋冨一翁/玉井松五郎翁頌徳碑絵馬殿若宮社森社/籐隅社/鈴御前社/荒魂社などを観察。

軽之神社(松山市姫原1丁目)

  • 姫池のほとり、六地蔵の脇に車を停めて、軽之神社比翼塚を探訪。

眞光庵跡(松山市志津川町)

  • 松山市潮見公民館志津川東分館の敷地にある。

福水神社(松山市志津川町)

若宮神社(松山市安城寺町)

    享和二壬戌年正月吉祥日に奉献された巨大常夜燈を観察。辺りはすっかり闇。はやいとこ家に帰ろう。 

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